ただのアキバに通うサラリーマンですが、以前からアキバにはいろいろご縁があります。
90年代、学生の頃はPCの価格を調べに来るのが秋葉原でした。ソフマップ、ツクモ、T-ZONEなど。まだアキバにヨドバシはありませんでした。
工学部だったので秋月電子や千石電商でパーツを見たりもしました。ザコンと呼ばれたラオックス ザ・コンピュータ館が、PC、周辺機器、雑誌など一つでいろいろ済む総合店舗として重宝されていました。ザコンの裏から総武線高架下あたりのエリアはパーツ街と呼ばれていました。
PC自作派も結構いたけど私はやらず。LinuxよりFree BSDの方が多かった印象。インターネットは黎明期。サーチエンジンはGoogleでなくgooや千里眼。パソコン通信が主流。今もNIFTYのアドレスは持っています。
某PC雑誌でアルバイトをして、店頭価格の調査とか街頭インタビューに秋葉原に行ってこいと言われたこともありました。突然話を聞かれる通行人もびっくりしたと思いますが、結局何回か記事にして、人気も出なかったのか取りやめになりました。
レストランやカフェも少なくて、ラーメンブームの頃、じゃんがらとか、末広町の看板代わりに骨をつるしたがんこラーメンなどに行きました。当時からあった中央通りのミスド。とうとう閉店してしまいましたね。
嫁さんが練成中学校出身。某鰻屋の現大将が同級生。思い出の場所ということで一緒に行ったのがアキハバラデパートのJR改札の脇にあったクレープハウス ユニです。街角の午後3時~(パヤパヤパッパ~)。何かが起こりそう。
アキバの醍醐味は、やはり格安品と掘出し物ではないでしょうか。携帯契約限定で売っていた動画カメラのeggyをバラで買い、電子辞書のレア品が残っていたのも秋葉原でした。あとCD-R、SDカード等。今は掘出し物もamazonで買う時代。
ゲームセンターはバーチャファイターより鉄拳だったので、SEGAにはあまり行かず。トライタワーでレトロゲーをやりました。UDXはなく、だだっ広いJRの土地があって、なんかもったいない感じでした。逆に言えばそれだけ開発の余地があった。
同人誌、アニメ、AKB劇場からアイドル、メイド喫茶等を経て趣都へと変貌したアキバ。駅の大幅改良、ヨドバシ、つくばEX、いくつもの商業、オフィスビルの開業と発展した秋葉原。今また職場として通っているのがちょっと不思議な感覚ではあります。
これからもランチ巡りをベースに、新しい秋葉原を開拓していきたいと思います。